二人の人間が、本当に魂の底まで、思いの奥底までひとつになることはできないのだと、ジャンヌは初めて思った。肩を並べて歩き、ときに抱き合うことはあっても、ひとつに溶け合うことはなく、心の底では誰もが生涯一人ぼっちなのだと。
モーパッサン『女の一生』光文社古典新訳文庫
光文社古典新訳文庫のシリーズが軒並みKindle Unlimitedの対象になっていたので、読書欲が際限なく刺激される今日この頃。 最近は新書を読むことが多かったので、久しぶりに読む小説は新鮮に感じられました。
以下あらすじ:
主人公のジャンヌは、貴族の一人娘として生まれ、幼い頃から修道院で何の汚れも知らぬまま大人になる。
ある日出会った美男の子爵ジュリアンからの求婚を受けるジャンヌ。
幸福の絶頂にいる彼女だが、その後の人生は要約すると転落の一言。
ある日、以前から様子がおかしい召使のロザリが突然倒れ、子供を出産する。
誰の子か問いただしても、口を閉ざすロザリ。
神父の前で懺悔させると、ようやく重い口を開き、父親がジュリアンであることを告げる。
ジャンヌの父親はこれに激怒するが、神父に誰にでもある間違いにすぎないと説得され、若いころの自分にも心当たりのあった父親はこれを許す。
ジャンヌにはその頃既に妊娠していた。
夫への愛は完全に消え失せた彼女だが、生まれる子供には出来る限りの愛情を尽くすことを誓う。
ジャンヌは父親とともに生まれてきた息子ポールを溺愛する。
ジュリアンはその頃、近所に住む貴族のジルベルト夫人と不倫を始めるが、既に夫に失望しているジャンヌは、苦悩の末見てみぬ振りをすることを選ぶ。
しかしながら夫人の夫に事がバレた二人は、密会中に夫に殺される。
一時期は愛した夫を失ったジャンヌは、母親にも先立たれたたジャンヌの父親とともに、ますます過剰なまでの愛をポールに注ぐ。
結果落ちこぼれとして育ったポールは、学校に入学後も落第しつづけ、女と駆け落ちしてロンドンに行方を眩ます。
彼は事業を起こして失敗し、多額の借金を背負い、手紙でジャンヌに無心する。
ジャンヌは財産を全て失い、家を手放すことになり、ジャンヌの父もその心労から脳溢血で亡くなる。
ポールは恋人に子供を産ませるが、産褥で亡くなる。
そのことを知ったジャンヌは、召使に引き取らせた孫娘を胸に抱き、終劇。
:以上あらすじ
あらすじを書くだけで、鬱々としてきます。 あまりにも善良で無知、人々の悪意を知らずに育ったジャンヌは、数々の試練を自ら切り拓くことなく、ただ周囲の流れに身を任せます。 結果悲劇的とも言える人生が待ち構えているわけなのですが、果たしてそれは彼女の怠惰に起因するものなのでしょうか。 筆者はそのよう因果関係を匂わせる文章を一切記述せず、起こった事実をありのまま精密に描写します。 つまり物語に教訓はなく、解釈は読者の方に委ねられていると捉えるべきでしょう。 冷徹なまでの写実的描写は、読んでいて映画を観ている錯覚を引き起こしました。
ぐんぐん進む馬車に乗っていること、窓の外の物悲しい風景を眺めること、そして降りしきる雨にもかかわらず、自分は濡れない場所にいること。ジャンヌはそれだけで嬉しかった。
モーパッサン『女の一生』光文社古典新訳文庫
原題は“Une vie”。 どこにも「女の」とは書いておらず、「ある人生」と訳すのが適当そうです。 筆者がやりたかったことは、人生とはこういうものだということを普遍的に描くことだったのかもしれません。